※始めに今回のコラムは緊急事態を想定した記述があります。決して暴走行為・違反行為を容認するものではありません。車両を使用した訓練等をする際は、安全を確保できる施設や専門家の元で実施してください。
【想定】
現在あなたは時速75マイル(時速120km)で中央分離帯のある片側3車線高速道路を走行しています。
すると後方より無理な車線変更を繰り返しながら走ってくる車があります。周りを走行中の車両は急ハンドルを切りその車を避けます。何かの拍子に暴走車はスピンを始めあなたの車に迫ってきました。
その時、あなたはどのような行動(運転)をしますか?
今回は自動車運転をする上でのマインドセットについて解説していきます。
【運転と射撃】
運転手は1km運転する間、判断を20回以上すると言われれています。
車の基本性能は「走る(アクセル)」「曲がる(ステアリング)」「止まる(ブレーキ)」です。
この3つの事象を、どのように加速し、どの程度曲がり、どの位の強さでブレーキを掛け、どの位置に停めるか。これらを繰り返し始点から終点へ移動します。
極端な話ですが、これを射撃の挙動にすると。
挙銃(きょじゅう)し、照準を合わせ、引き金を絞り、銃口が向いている方向に弾丸が飛んで行きます。それが狙っていた的に命中するか、それとも的に当たらないのか。射撃は結果が直ぐに分かります。
ゆっくり判断し運転する人、なりふり構わず乱暴に運転する人、どんな運転をしても大概目的地に到着します。
銃の暴発は「点」ですが、車の暴走は「数人」となります。
稀に過ちを物のせいにする人が居ますが、ほとんどの事象は物が悪いのではなく、扱った人の誤った使い方です。
また、映画でよくある描写ですが、運転と射撃を同時に行う事は並大抵の訓練では両立できません。
【安全速度の判断とルームクリアリングの脅威度判定】
①天気が良く路面は乾いており、良く整備された自動車専用道路で他に走行中の車は無い。
②夕立の降っている駅前の交差点で、人も車も混雑している。
①②それぞれの「安全速度」はどれくらいでしょうか?
「環境(天気・路面状態)」「状況(自車以外の要因)」「体調(自車・運転者の状態)」で変化します。
①は危険度が低く、効率の良い運転ができます。
②は危険度が高く、直ちに停止できなければなりません。
ですので、①「80~120km/h」②「1~30km/h」となるはずです。
クリアリングの状況に置き換えると
①は部屋が無く真っ直ぐな通路で敵が潜む可能性が低く脅威度は低い。→進行速度は早くなります。
②は部屋(ドア・窓・屈曲・障害物)数が多い、死角が多く敵が潜んでいる可能性が高く高脅威状況。→コンタクトに備えゆっくり進行します。
様々な環境において、各個状況に適切に対処しなければならない事柄は、運転と戦闘のマインドセットが近い関係にあると感じて頂ければ幸いです。
【法定速度の安全とブラインドへの対処】
信号の無い横断歩道で横断歩行者が待機していた場合、横断歩道の手前で停車し歩行者の横断を優先しなければなりません。法定速度内で走行すると、他車や歩行者の動きを予測する余裕ができます。
しかし、どんなに自分が安全に走行していても突然の飛び出しや粗雑な運転への対応は大変難しい物です。
その場合こちらから注意を促す(相手にも自分にも有利な状況(目立つ)を作り出す)ことで、事故を未然に防ぐ事ができます。
曲がり角での事象は角の先端から起こります。
カットパイの要領でじわりじわりと前進したり、曲がり角に差し掛かる前にライトを点ける事で自分の存在をアピールします。
※但し、デイライト等で常に存在を意識させてしまうと、本来目立つべき緊急自動車の走行を阻害してしまう為、適所のみで行うべきです。
【煽り(妨害)運転】
煽り運転行為の危険性は被害者への暴力行為だけでなく、対象車両への注視により周囲の危険度判定が鈍くなり盲目な運転となります。
攻撃的な走行をする車両には近付かず距離を置き、後方に付かれたら追い抜きをさせた方が良いです。
ロードレイジに対しては、鍵を掛け交渉はせず相手の怒りが収まるまで待つか、身の危険を感じたら警察へ連絡をする事を推奨します。
【安全に運転する為に】
・常に危険が潜んでいる事を自覚する。
・車両の日常点検を行う。
・疲弊した状態で無理な運転はしない。
・運転姿勢の確認をする。
※シートに深く座り、ブレーキペダルを最大まで踏み込める位置に止め、次にシートに肩を付け片腕を伸ばした時、手がステアリングの頂点に有るのが理想とされています。運転時の手の位置は10時10分(もしくは9時15分)。
・ミラーだけでなく目視確認を行う。
・常に四周を確認し、状況を把握する。
・追従して走行する場合、1台前の状況を特に意識ながら走行する。
・急加速(アクセル)、急操舵(ステアリング)、急制動(ブレーキ)をしない。
・通常の走行中に危険が差し迫った場合、ブレーキを掛けるのが基本。ステアリングでは避けない。
※タクシードライバーの教訓で、車道に動物が飛び出してきた際、ステアリングで避け歩道を歩いていた人に危害を加えてしまった事案がある。
・見通しが悪い場所では、目立つ様に行動する。
※明るいトンネル内でも、自車でなく周囲のドライバーの為にライトを点ける。
・進行方向に土煙が上がったら、事故の可能性が高い。
・雨が降りだした直後の高速道路は、土埃・油・水が混ざり合い、特にスキッドしやすい為、走行に気を付ける。
・氷点下ではなくても、橋の上ではブラックアイスバーンが発生する。
・気化したガソリンは静電気や少しの火種で発火する。
等々、安全に運転するには大変な労力が要ります。
【日常点検例】
・車両の外観確認
・車両下のオイル垂れ染み等が無いか
・タイヤのスリップサインや空気圧の適正
・ガラス状態
※ワイパーの磨耗や排気ガスの油分でフロントガラスが汚れる。油膜取りはアルコールで行う。
※簡易的な油膜取りはアルコールを接種しない人の唾液でも可能。
・エンジンルームの確認
(エンジンオイル・ブレーキフルード・冷却水等液物の適正、動物の侵入の有無)
・車両整備具の他、緊急用品・救急用品の状態の確認
・運転席の計器、ペダル等の確認
【想定への対処】
冒頭の想定の解説をします。この事案は実際にガンインストラクターのトモ長谷川氏が体験した逸話を元にしてあります。
「時速75マイル(時速120km)で中央分離帯のある片側3車線高速道路を走行」
→危険度が低い場所を走行しているのがわかります。
「後方より暴走車両が接近している、周りを走行中の車両は急ハンドルを切りその車を避けている」
→車両後方での異変に気付き、危険度が上昇。更に周辺情報を細部まで収集します。
※この時避けた車両は中央分離帯や路肩へ衝突し自損事故を起こしています。
「暴走車はスピンしながら自車に迫ってきた」
→走行しながら、危険要因とそれが自車に及ぼす危険・危害度を分析。
実際の結果
→暴走車が自車にギリギリで接触しないと判断し、そのまま走行した。
暴走車両は接触せず追い越した前方で停止した。
重大な危険が接近してくると、本能的に大きく避けようとします。ですが、その行動は正解であり間違いでもあります。
回避行動し終えても、危険・脅威の度合いが低下・消失するまで、分析→判断→行動を続けねばなりません。
これは武術や射撃に於ける「残心」と同じです。
【戦術的な運転技術】
近年自衛隊でも軽装甲機動車での走行間射撃訓練を海外演習場にて行っており、今後の課題となっています。
また民間では米国のT.E.DやBMWで車両の緊急事態対処訓練を実施しており、動画サイト等で一部を視聴することができます。