第1空挺団は、19年ほど前に部隊の改編やイラク派遣などともに自衛隊全体の訓練の変化が合わさり、以前のよく言われる穴掘るだけの重戦力型の対機甲戦闘から市街地戦や対遊撃(対ゲリラコマンド)、重要施設防護、ファーストロープなど様変わりして、かなりやりがいのあるものに変化して来ました。
駐屯地も新しい隊舎に総入れ替えし、車両も普通科群時代とは比べ物にならないほど大量に配備されました。
私は普通科群時代と普通科大隊時代をまたいで経験できたので、その両方の訓練を受けられ、また比べられるのでかなり運が良かったです。
それに当時のすばらしい先任に恵まれ、偵察課程や部隊通信課程の教育に行かせてもらい、さらにCQB教育やファーストロープ、至近距離射撃 (10mと25mからのダブルタップや前進しながら複数目標に射撃など)、エクストラクションロープ(ハーネスつけてヘリに吊るされて飛ぶ離脱方法)など色々経験できて、現在の知識、技術、経験のすべてをここで学べました。本当に自衛隊に入って良かったと今でも思っています。
自衛隊にいた最後の年には直轄斥候に選ばれ、情報小隊に編成され大隊の眼となり大隊本隊より離れて行動し、空挺降下後に24時間以上険しい山中を約50キロの背嚢を背負ってほとんど休息なしで踏破した後、敵陣地や通信所に潜入し、偵察や監視、襲撃そして離脱という訓練を行いました。
敵ゲリラコマンドのアジトを身体用偽装網(ギリースーツ)を着て、昼間は木の上で、夜は匍匐前進で限界まで近づいて監視し、その時には深夜僅かな音で怪しまれ、暗視装置を持ったゲリラに捜索され1mまで近づかれて気付かれそうになった時は心臓が破裂しそうでしたが、彼らが「いないな」と去っていった時はハラハラと同時に偵察隊員としての自信がついた瞬間でした。
その他、100キロ行軍(しかも、高低差1200mの険しい山地行軍)で42時間以上もかけて行軍して脱落者が相次いだ時には、みんなぼろぼろできつかったですがやりがいがありました。
私はやり遂げましたが、脱落した人は富士の医務室に大量に運びこまれて、医務室の人に「空挺は一体どんな訓練してるんですか」と怒られたらしいです。
こんな感じで充実した自衛隊生活でした。私から言えることは、自衛隊は世界的にもかなり優秀で訓練も良い。それが外人部隊にはいってよく分かりました。
私は外人部隊に入ったことは本当に満足していていますし、後悔していません。でも自衛隊に戻りたいという気持ちもまた事実です。それだけ自衛隊は素晴らしかったです。
第1空挺団は最高に良い部隊です。